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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)103号 判決

主文

被告人を判示第一のうち別紙一覧表番号1ないし5各欄記載の罪について懲役三月に、判示第一のうち同表番号6ないし10各欄記載の罪及び判示第二、第三の罪について懲役一年六月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中七〇日を右懲役一年六月の刑に算入する。

押収してある覚せい剤一袋(ビニール袋入りで、銀紙に包まれているもの。昭和六三年押第三五四号の1。)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  別紙一覧表記載のとおり、昭和六一年一月二五日から同六二年二月一〇日までの間、前後一〇回にわたり、同表「年月日」欄記載の各年月日に、同表「場所」欄記載の東京都台東区浅草四丁目四七番一一号所在警視庁浅草警察署ほか一か所において、同表「被疑事件名」欄記載の各被疑事件の被疑者として取調を受けた際、その取調を担当した同表「取調担当官」欄記載の同署司法警察員巡査部長岩崎榮ほか四名の各取調担当官に対し、自己の氏名を「A」であると詐称したうえ、行使の目的をもって、ほしいままに、右各取調担当官が作成した同表「署名を偽造した文書」欄記載の弁解録取書、供述調書の末尾の供述人署名欄に、ボールペンで、いずれも、「A」と冒書し、ただちに、その都度、その場で、その各名下に指印して、各取調担当官に対し、右の署名が真正なものであるかのように装って、右署名の記載のある前記各文書を差出し、もって他人の署名を偽造したうえ右偽造にかかる署名を使用し

第二  法定の除外事由がないのに、昭和六三年一月五日ころ、東京都荒川区〈住所省略〉〇〇三〇九号室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン約0.2グラムを含有する水溶液約0.15立方センチメートルを自己の右腕部に注射し、もって、覚せい剤を使用し

第三  法定の除外事由がないのに、昭和六三年一月七日、前記第一の警視庁浅草警察署において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶0.647グラム(昭和六三年押第三五四号の1の覚せい剤はその一部。)を所持し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(確定裁判)

被告人は、昭和六一年三月一三日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役一年(執行猶予三年。保護観察付き。)に処せられ、右裁判は同月二八日確定したものであって、右の事実は、検察事務官作成の前科調書、東京地方裁判所の判決謄本、被告人の司法警察員に対する同六三年一月一六日付、同月一七日付各供述調書及び前記証拠の標目の項中の(1)ないし(8)、(10)に挙示の各証拠によりこれを認める。

この点につき付言するに、右各証拠によると、前記確定裁判にかかる事件(以下、別件という)においては、被告人が、捜査段階、公判段階を通じ、一貫して、実在の他人であるAの氏名を冒用して、その本籍、生年月日等をも詐称した(なお、判示第一別紙一覧表番号1ないし5各欄記載の各犯行は、右別件の捜査段階で犯された。)ため、捜査、公判段階を通じ、被疑者ないし被告人の氏名はAとして表示され、起訴状にも、被告人として、右Aの氏名、本籍、生年月日が記載され、また、その判決書にも、被告人として、右起訴状と同一の記載がされていることが明らかであって、そうすると、本件の被告人と、右別件の手続中における右別件被告人の表示との間に、人格の同一性について齟齬を生ずるにいたっていることはこれを否定することができない。なお、右各証拠によると、被告人がかかる氏名冒用の行為に出た主たる動機は、被告人が、別件の手続中に自己が未成年者であることが分れば少年院に戻されてしまうのではないかとおそれ、実在の成人であるA(昭和三八年一二月一五日生)の氏名を冒用することにより執行猶予の判決を受けることを期待したことにあったと認められる。

しかしながら、他方、右各証拠によると、本件被告人は、別件につき、昭和六一年一月二五日逮捕され、同月二八日以来勾留されて、同年三月一三日判決の宣告を受けるまで引続き現実に身柄を拘束され、かかる身柄拘束のまま、捜査官の取調等にも被疑者として応ずるとともに、起訴状謄本の送達等も被告人として自らこれを受け、公判廷でも、自ら出頭のうえ終始被告人として行動し、前記判決の宣告も本件被告人に対して現実になされていることが明らかであって、以上によると、別件における検察官の意思が、実在の他人であるAに対してではなく、本件被告人に対して公訴を提起するにあったことについては疑いをいれる余地がないのみならず、そのことは、起訴状等における前記表示の齟齬にもかかわらず、手続上客観的に明確なところであったというべく、また、別件公判裁判所も、右検察官の意思に対応して、現に被告人として公判廷にも出頭して被告人としてふるまっていた本件の被告人を別件の被告人として把握していたことがきわめて明らかであったというべきである。そうすると、結局、前記別件判決における被告人は本件の被告人にほかならず、右判決の効力は本件被告人に対して生じている関係にあることを優に肯定することができる。右の点につき、専ら起訴状における表示によって別件の被告人を特定すべく、したがって別件判決の効力は本件被告人には及ばない旨論ずる弁護人の主張は、右に説示した理由により、採用しない。

なお、弁護人は、別件の審理、判決当時被告人が成年に達していなかったことを理由として、別件判決の効力を否定する趣旨の主張をもしている。なるほど、右各証拠によると、被告人は、別件の公訴提起ないし判決当時いまだ一九歳で成年に達していなかったが、前記のとおり、自ら実在の成人であるAの氏名を冒用するなどしたため、家庭裁判所を経由しないで、成人として公訴を提起され、前記の別件判決を受けたことが認められ、この点につき別件の手続中には客観的に瑕疵とされるべきところがあったことは否定しえないとはいえ、右瑕疵の存在のゆえに右別件判決の効力を否定すべきものと解すべき根拠はないといわなければならない(弁護人は、別件判決が本件の被告人に対する関係で成立しているとしても、右判決は当然に無効であると主張するが如くであるが、前記説示のとおりの別件手続の瑕疵をもって判決の当然無効を招来するほどの重大なものにあたるとまで評するのは明らかに失当であり、また、付言するに、被告人の年齢に関する前提事実の把握について誤まりがあったにすぎない本件事案のような場合、非常救済手続によりこれを是正する方法もないと解される。)。したがって、弁護人の右主張も失当であるというほかはない。(法令の適用)

被告人の判示第一別紙一覧表番号1ないし10各欄記載の各所為中、他人の署名の偽造の点はいずれも刑法一六七条一項に、偽造にかかる他人の署名の使用の点はいずれも同条二項に、判示第二の所為は覚せい剤取締法四一条の二・一項三号、一九条に、判示第三の所為は同法四一条の二・一項一号、一四条一項にそれぞれ該当するところ、第一別紙一覧表番号1ないし10各欄記載の各事実にかかる各署名偽造と各偽造署名使用との間にはいずれも手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により右各事実につきいずれも一罪として犯情の重い偽造署名使用の罪(私印不正使用罪)の刑で処断することとする。しかるところ、同法四五条前段、後段によると、第一別紙一覧表番号1ないし5各欄記載の各罪と前記確定裁判のあった罪とは併合罪であり、第一別紙一覧表番号6ないし10各欄記載の各罪及び第二、第三の各罪はこれとは別個の併合罪の関係に立つので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない第一別紙一覧表番号1ないし5各欄記載の各罪についてさらに処断することとし、同法四七条本文、一〇条により犯情のもっとも重い第一別紙一覧表番号1欄記載の罪の刑に法定の加重をし、第一別紙一覧表番号6ないし10各欄記載の各罪及び第二、第三の各罪についても、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情のもっとも重い第三の罪の刑に法定の加重をし、右各刑期の範囲内で、被告人を第一別紙一覧表番号1ないし5各欄記載の罪について懲役三月に、第一別紙一覧表番号6ないし10各欄記載の罪、第二、第三の罪について懲役一年六月に処することとする。そして、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち七〇日を右懲役一年六月の刑に算入し、押収してある覚せい剤一袋(ビニール袋入りで、銀紙に包まれているもの。昭和六三年押第三五四号の1。)は、第三の罪にかかる覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収することとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官木口信之)

別紙

一覧表

番号

年月日

(昭和・年・月・日)

場所

被疑事件

取調担当官

署名を偽造した文書

1

六一・一・二五

東京都台東区浅草四丁目

四七番一一号

警視庁浅草警察署

覚せい剤取締法

違反被疑事件

司法警察員巡査部長

岩崎榮

弁解録取書

2

〃 ・一・二六

右同

右同

司法警察員巡査

麻生典秀

供述調書

3

〃 ・一・三一

右同

右同

1に同じ

右同

4

〃 ・二・七

右同

右同

右同

右同

5

〃 ・二・一三

同都北区西が丘三丁目

二番二一号

東京地方検察庁

右同

検察官検事

齋藤博志

右同

6

六二・一・三〇

1に同じ

大麻取締法

違反被疑事件

司法警察員警部補

藤田進一

弁解録取書

7

〃 ・一・三一

右同

右同

右同

供述調書

8

〃 ・二・六

右同

右同

右同

右同

9

〃 ・二・八

右同

右同

右同

右同

10

〃 ・二・一〇

5に同じ

右同

検察官検事

山口一誠

右同

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